吉村昭「破船」と「年季奉公」

 

 おりからのコロナ禍の影響で、カミュの「ペスト」など疫病を題材にした小説が読まれているようです。そうしたことから先日、新聞の書評欄に吉村昭の「破船」がその一つとして取り上げられていました。吉村昭の小説はそれほど多くを読んだことはないのですが、小学生の頃に新聞の連載にあった「長英逃亡」を読んでいたことを思い出しました。今どきの小学生は新聞そのものを手に取る機会は少なくなっていると思いますが、ましてや新聞の連載小説を読んでいるなんて、今思えばよほど奇特な感じさえします。でも当時は長英の逃亡劇や理不尽な幕府の弾圧に興味を覚え、数年前には長英の友人である渡辺崋山の故郷、田原の崋山神社を訪問しました。

 

 それはさておき「破船」ですが、とある海沿いの寒村を舞台にし、流れ着いた不審船によって村人が疫病に罹患するというあらすじで、その中で本筋とはちょっと違うのですが「年季奉公」についてふれている箇所につき関心をもちました。たとえば本文中に「主として売られるのは娘だが、戸主である男も身売りをする」などと記されており、ぎょっとしますが、労働力として年期、いわゆる契約期間を定めて奉公するということで、現在の出稼ぎ、もしくは派遣労働とも相通じるものではあると思います。

 

 この「年季」ですが、近代以前の日本社会では非常にメジャーな制度であって、有名な寛永の「田畑永代売買禁止令」を取り上げて売買そのものが禁止となった、と理解されている方も少なくないようですが、あくまでこれは「永代(期間の定め無し)」の売買であって、年季の制限付きの売買は許されていたと考えるのが正しいと思います。客観的な統計があるわけではないのですが、奴隷売買でも既に海外との意識のずれが報告されているように、近世以前は「年季」こそが通常で、「永代」が特別だからこそ、永代売買禁止だったのでしょう。

  期限付きの売買というと、実質的には現代でいうところの「質権」に似たものとも言えますし、不動産登記の世界では「買戻し特約(民法第五百八十条 買戻しの期間は、十年を超えることができない。 特約でこれより長い期間を定めたときは、その期間は、十年とする。)」はその名残じゃないんだろうかと、秘かに思っています。もっとも質権や買戻し特約の設定も現実の実務ではほとんど利用されなくなりました。

 

 寄り道だらけですが、「破船」の世界観はあくまでフィクションの産物ではあるとはいえ、吉村昭らしい無駄を省いた、現場感をつよく思わせる優れた作品だと思います。コロナ禍で外出もままならない昨今だからこそ、読書の秋はいかがでしょうか。

 

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