山里の地籍図図録「朽木村史通史編・資料編」(滋賀県高島市)を読む

 

 先日、土地家屋調査士会の関係で高島市役所を訪問させていただきました。そこで平成22年に発行された「朽木村史」を御紹介いただいたのですが、内容がかなり充実したものでしたので、取り上げたいと思います。なお、滋賀県旧朽木村は長年滋賀県内唯一の「村」でしたが、平成17年に高島郡内の他の町と合併し、現在は高島市の一部です。

 「朽木村史」は通史編、資料編の二部から構成されています。ご紹介したいのは主に資料編の方なのですが通史編にもなかなか興味深い考察も記載されています。編集後記として元朽木村長の玉垣勝氏による一文があり、そこでこの村史の性格や趣旨が書かれています。郷土の歴史は郷土の史家を中心にまとめるべきとして、村史の作成においては朽木の歴史資料をできるだけ多く収集し、内容は一般住民に身近な歴史書にする。財源としては合併後の発刊を見越して編さん基金をつくり新高島市に引き継いだとのことでした。

 

 

 資料編には「村の古文書を読む」として朽木村中の区有(自治会所有)文書が一覧になって整理されており、相論や製炭など山里らしいテーマ毎に文書が翻刻され、掲載されています。

 つづいて「朽木に残る明治・大正時代の絵図」として朽木村内の全ての村落が古地図とともに取り上げられています。古地図とは主に地籍図(壬申地券地引絵図)ですが紛失した地区においては他の古地図をあてて、全域を洩れなくカバーするように整理されています。

 

 朽木村の地籍図について解説のなかに興味深い一文がありました。

 

「専門の絵師が請け負うこともあった。朽木の地籍図を見ると、いくつかの集落で『絵図師 林文敬』という名前を見ることができる。文敬は荒川・栃生・村井・柏・宮前坊の絵図を請け負っており、地籍図の記載によれば高島郡第六区上野村(高島市新旭町饗庭)に住んでいた。しかし、上野村は明治七年に廃村となり、文敬に関する資料も残っていないため、文敬がどのような絵師であったのか、詳細は不明である」

 

 上の写真の栃生地区の地籍図を例にみますと、確かに「絵図師同郡上野村 林文敬㊞」とあり、さらに「壱分一間之以分間地引図仕候以上」との記載あります。これはいわゆる「一分一間図」といもので、縮尺が600分の1の地図である、ということになります。この林文敬の手による他の地区の地籍図にも同じ記載がありますが(柏地区以外)、滋賀県下において、「一分一間図」の壬申地券地引絵図は比較的珍しいように思います。

 朽木は大方が山里ですので縮尺600分の1で図を作成すると、図が物理的に長大なものになってしまいますが、本資料集を拝見した限りでは図中への縮尺の記載の有無は別として600分の1スケールの地籍図が多いように思われました。これは雲洞谷地区の地籍図(壬申地券地引絵図)の大きさが930cm×511cmと「県内でも最大級の絵図」となっていることからも推測されます。これほど大きい絵図を作成するには大変な苦労があるはずで、それでもこの大きさに至った動機としては縮尺を統一したこと以外に考えられません。

 

 

 通史編においても地券取調総絵図(壬申地券地引絵図)について解説があります。上にも書きました朽木地区の地籍図の大きさですが、村井地区ではなんと30畳分もあるそうです。30畳分の図を描くことを想像しただけでも当時の住民にとって大きな負担を強いられた事業であったことでしょう。

 またその村井地区には「村井区有文書」が地籍図を作成した際の費用に関する書類が残っているようです。明治6年に高島郡第6区上野村(新旭町饗庭)の「林兼映」に製作費用として村井村が金五両を支払っているようです。これは上述の「林文敬」と同一人物のようにも思われますが、親子かもしれません。またか、改名があったか、区有文書が書き間違えたのでしょうか。

 ちなみに気になる金五両の貨幣価値ですが、現在ですと「約50万円」とのことです。30畳にもなる地図を描いて50万円は果たして高いのか安いのか、判断はつきかねますが、紙代や絵具代も絵師が立て替えているとすれば(同じものを二部製作)、清書だけであったとしても随分破格のように私には感じられました。

 また、この村井地区の壬申地券地引絵図中の橋を描いた箇所に橋を渡る人物が二名書き込まれているようです。遊び心とも取れますし、絵師としての矜持でもあるように感じられました

 

 

 上の画像は能家地区の古地図を解説したページです。「高島郡朽木村大字能家地籍全図」とのことで、明治18年に製作されています。図の名称、作製時期から明らかに地籍編さん地籍地図であろうと推定されますが、この図の面白いところは作成に関わった専門家の日記が確認されている点です。

 朽木村出身の書画家で池田白鷗という方とのことですが、明治18年(1885)の日記に6月から11月にかけて能家の地籍図を作成していた記述があるようです。

 たしかに図の色調から、線のタッチも際だって美しいように思われます。書画家の面目躍如といったところでしょうか。

 

 

 最後に、小入谷地区の古地図ですが、ここは地籍図がなかったようで、旧道路法の施行に伴って大正9年(1920)に作成された「道路明細縮図」が代わって載録されています。旧道路法施行により、明治期には等閑視されていた道路の整備が進みますが、まずは現状把握のために作成したものでしょうか。北から南に走る街道は有名な「鯖街道」のうち、もっとも古いもののようです。流石は朽木だけあって、京都に向かうための古道も沢山ありそうです。熊野古道のようにもう少し観光地として整備出来たら面白いのでしょうね。

 

 いろいろと書いてきましたが朽木村史通史編・資料編ともに大変な力作だと思います。地域の理解に大いに役立つのはもちろんのこと、編さんに携われた方々の郷土愛が紙背に感じられました。

 現在、高島市役所文化財課の方で販売もされているようですので、宜しければ是非下記までお問い合わせ・ご購入下さい(決して高島市の回し者ではありませんのであしからず)。

 

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