今日は彦根市内の会場にて、滋賀県土地家屋調査士会法25条2項委員会の主催にて「地籍・地域慣習に関する研修会」が開催されました。
地域慣習に関する研修会はこれまで滋賀県内の学芸員さんや、教育委員会などのお力をお借りして開催するパターンが多かったのですが、今回は他県の土地家屋調査士さんに講師としてお越しいただきました。
なお、不肖私は当初の企画段階からかかわり、当日は司会も担当させていただいております。
研修会の内容ですが、まず、テーマ①「地図とその源流をたどって―米原を例に―」では垣内俊一先生(大阪土地家屋調査士会会員)にご登壇いただきました。垣内先生はご自身が所属しておられます三島支部での調査活動を起点に、滋賀県内で熱心に古地図や地籍図の収集や重ね図作成などの作業をしてこられました。また米原市の中多良・下多良地区などでは実際に地番がどういう順番でふられているのか、その順番を地図に落として明治の地図作成の作業の検証されるなど大変な労力をその分析に費やしてこられています。
今回は垣内先生の、その長年の蓄積を一端をご披露していただける場が持てたことに、大変うれしく思いました。
なお、垣内先生は最近は条里制にも興味をおもちのようです。事例として大阪府茨木市内の条里地割について言及がありました。滋賀県に限らず、国内の純粋な農村地域では既に圃場整備などであらかた条里制・条里地割は亡き者になってしまいましたが、意外と市街地では、といいますか市街地ゆえに今も条里地割を見ることが可能なのかもしれないなあ、と感想を持ちました。
続いてテーマ②「あいちの地籍(明治前期)について」では福永正光先生(愛知県土地家屋調査士会理事)にご登壇いただきました。愛知県に残る公図の成り立ちについて、愛知県では散逸されたとされる壬申地券地引絵図や地籍編製地籍地図なども参考に、現在も残る更正図の内容について御解説いただきました。
また名古屋市内に残るギザギザ道路の残る地籍図についてもご紹介いただきました。名古屋でも、こうした形状の区画が地籍図にあるのですね。大変興味深かったです。折角ですので、下に写真を掲載しておきます。(「名古屋市街実測原図」とありますので、正式には地籍図ではないのかもしれませんが)
さらに愛知県土地家屋調査士会ですでに発行されている資料集についてもお話をいただきました。先行する他会の経験も参考にして、滋賀でも是非資料集作りを進めていきたいと思います。
今日は近畿ブロック・中部ブロックなど他会からも多くの方にお越しいただきました。両先生と併せ、厚く御礼申し上げます。